COFFEE AND MUSIC_2.三角フラスコ

生産者たちの思い、買いに来てくれる人たちの思いをブレンドしてできた、おいしいコーヒー。

 「コーヒーブレイクは大切ですね」とは言い得て妙だ。仕事の合間にコーヒーを飲むと頭がスッキリするだけでなく、リラックス効果もある。家族や友人とのおしゃべりタイムにもコーヒーは欠かせない。美味しいコーヒーが飲みたくてコーヒーを飲むこともあるだろうけれど、コーヒーは、コーヒーが主役というよりも、リラックスしたい時に寄り添ってくれる名脇役的な存在ではないだろうか。

 私の好きなコーヒーは浅煎りが多く、浅煎りコーヒーを美味しく淹れる研究に勤しみすぎて、気がつくと3年近く浅煎りのコーヒーばかり買っていた。今では浅煎りのコーヒーを美味しく淹れることができるようになったので、産地にこだわらず、気になったコーヒーを買って楽しんでいる。中煎りや深煎りのコーヒー豆だって買う。いろいろな豆を試していると、新たな発見がある。新発田市にある「三角フラスコ」は、コーヒーが美味しいのはもちろん、香りが印象的。コーヒーのいい香りがいつまでも余韻として残る。私は夜コーヒーを飲んで、そのままカップを洗わずに寝てしまうことがあるのだけれど、朝起きるとコーヒーのアロマで部屋が満たされている時がある。大概が三角フラスコで買ったコーヒーだ。店主の星野良緒さんは、あえて香りが残るように個性的な豆を選んでいるという。

「今は色々なコーヒー豆の栽培農家さんがいて、どこの国のどこの農家さんの豆かを気にするようになりました。正当に評価され正当な対価が支払われるのであればそれはそれでいいと思うのですが、どこで飲んだコーヒーだとか、どこのお店のコーヒーなのかを飛び越えて、主役が農家さんに移りつつある気がしています。オープン当初から、そこをどうやって私が焼いた豆だとわかってもらえるか、三角フラスコの味だと感じてもらえるかを考えてやってきました」

言葉で伝えることが得意ではないという星野さん。目を引く店の外観や店内のインテリア、コーヒーを飲んだ一口目の味わいや香りに印象が強く残るのは、星野さんの、目や口で三角フラスコを感じて欲しいという思いが詰まっているからだ。

どんな豆でも生産者の思いに応えたい

 仙台市出身の星野さんの実家はコーヒー屋。大学卒業後、東京で研究職に就いていた星野さんは、震災後に会社を辞めて実家へ戻り、実家のコーヒー屋で働きながら焙煎を勉強。焙煎をしていた母や従業員、母の焙煎の師匠の他、東京でよく通っていたコーヒー屋やコーヒー協会の教室へ通うなどして技術を習得し、独自の焙煎スタイルを築いて行った。

 三角フラスコの味を決める要素の一つであるコーヒー豆は、星野さんが信頼を寄せているインポーターから仕入れている。コロナ禍の前までは自ら豆を仕入れていたが、コロナ禍で現地に行けなくなると、現地の人が生産者を紹介してくれ、今ではZoomを介してリモートで豆の状態を確認したり、生産者と直接話をして情報交換を行っている。生産者と直接話すことで、どのように育てているか、どんなコーヒーを目指しているかを知ることができるようになった。生産者の思いを知ったからにはどんな豆でも無駄にはできない。焙煎で納得がいかなかった豆も廃棄はしない。目指す味にならなかっただけで、味自体は十分に美味しい。そういう豆はブレンドやリキッドへとブラッシュアップさせている。

 仕入れる豆を選ぶ時は、三角フラスコのコーヒーを愛飲してくれる人たちのことを考えることもあれば、生産者の思いに応えたくて仕入れることもある。コーヒーは果物の種の為、ワインや日本酒のように年によって出来が違う。コーヒーの栽培技術の向上と共に仕事にやりがいを感じている生産者が増えた。時に生産者が自信を持って送ってきた豆の中に、過発酵と感じる豆が入っていることがある。そんな時は、この豆をどう焙煎したら飲む人に美味しいと感じてもらえるか考えながら焙煎する。それが苦ではなく楽しいというから星野さんらしい。星野さんが焙煎で一番楽しいと感じる時は、届いたばかりの新しい豆を開封した時だという。自分で発注した豆だからどんな豆かは知っているはずなのに、想像を超えた良い豆に出会った瞬間が一番楽しいそうだ。

「こんなに良い豆が届いたんだから、どう焼いたって悪くなるはずがない。香りを嗅いだ時に、こう焼いたらこうなるというのが大体組み立てられるようになってきました。その通りにやって、本当にそうなった時が一番楽しいですね」

壁に突き当たるたびに、お客さんが教えてくれたこと

 三角フラスコは2015年3月31日に沼垂テラスで開業。来年3月31日に現在地で10周年を迎える。沼垂テラス時代から買いに来てくれる人も多く、中には気に入った豆だけをずっと買い続けてくれる人もいる。星野さんの人柄もあるのだろう、三角フラスコにはコーヒーについて良い感想だけでなく、いつもと味が違うと指摘してくれる人がいる。そのお陰で、焙煎データを見返し、原因究明に繋げられている。最近は、三角フラスコの味、星野さんが焼いた豆とわかってくれる人が増えてきて嬉しいと話す星野さん。ずっと店を続けていれば、良いことも良くないことも、誰しもが予測のつかないことだって起きる。どんな時でも星野さんを支えてくれたのは、コーヒーを買いに来てくれる人たちだった。

「コロナ禍はみなさん生きることに必死。主食のお米はないと生命に関わるかもしれないけれど、コーヒーは嗜好品の一つ、なくても生きていける。コンテナ不足による輸送遅延でコーヒーの入荷が未定。いつコロナ禍が明けるかも未定。こういう時にコーヒー屋さんなんて必要とされないなと思って落ち込んだ時があったんです。だけど実際は売り上げが一切落ちなかった。コーヒーでホッとしたり、店に買いに来て一言二言交わしたり、そんな時だからこそコーヒーは精神安定に必要だったんだ、ご飯食べることと同レベルで必要とされているんだと実感できた。まだ辞めちゃいけない気持ちになれたことが嬉しかった。そんな気持ちになれたのは、お店に来てくれたお客さんのおかげでした」

 色々な人たちの思いを汲みながら、星野さんらしさを表現しようと奮闘してきた約10年。さらに10年後どうなっていたいか聞いたところ、

「今コーヒー屋さんが増えているけれど、10年後は人口減少でコーヒーの需要も減ってくると思うんです。コーヒーだけでは難しいと思うので、元々やっていたお菓子やパンをメニューに加えていきたい。また、今回、店の移転で商店街に少し店が増え始めました。コーヒーで人を動かせるのだとしたら、あと何ヶ所か、同じように店を拠点にみんなが楽しい時間を過ごせたり、ホッとする場所を作れたらいいなと思っています」

と話す星野さん。

 それぞれの品にはそれぞれの物語があり、それぞれの店にもそれぞれの物語がある。三角フラスコがこれからどのような物語を紡いでいくか楽しみだ。

三角フラスコ SANKAKU FLASK

新発田市大手町1-5-2神明マーケットD号室 

営業日時は下記Instagramで要確認 

Instagram:@sankaku.frasco

COFFEE AND MUSIC selected by 星野 良緒

「坂本慎太郎の『LIKE A FABLE』。今まさに世界ツアー中の坂本慎太郎の1枚ですが、大阪公演が来年解体されてしまう元大型キャバレー「味園ビル」地下のハコ「ユニバース」だったので、どうしても大阪で聴きたかった。想いは届いたのかプラチナチケットを入手し、先月行くことになっていたので、しばらく店内で流していました。坂本慎太郎らしくない、キャッチーでポップなこの1枚は浮遊感さえあってみんなが小さく踊ってるようにも感じ、どんなコーヒーもどんな空模様も受け止めてくれる優しさがありました。彼のツアーが終わる東京公演まで、しばらく店内で流し続けたいと思います」

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