03.BOOK DAYS


文 / ハアフーフ ハヤト 写真・ケーキ / ハアフーフ アスカ


作・絵 / アンソニー・ブラウン 訳 / 灰島 かり

『森のなかへ』


人間は「物語のなかで」生きている。

世界にはさまざまな物語が存在し、絡み合っている。

物語に救われるときもあれば、物語に苦しめられるときもある。

それぞれが自分に合う物語を紡ぎ、現実をなんとか受け入れようと試みる。この絵本に登場する少年もまた「物語のなかで」生きている。

少年は、いつもおもしろいお話をしてくれるおばあちゃんが大好きだった。

ある朝起きると、パパばいなくなっていた。喪失感を抱えた少年は、ママに頼まれ、病気のおばあちゃんにおみまいのケーキを届けに行くことになった。おばあちゃんの家に行くため、「森のなかへ」むかう。

森のなかでは、『ジャックと豆の木』、『3びきのくま』、『ヘンゼルとグレーテル』、『赤ずきん』など…おばあちゃんが話してくれたであろう童話たちの登場人物やさまざまな断片が描かれている。少年以外はモノクロで描かれ、事実と虚構の境界は溶け合っている。現実はありのまま受け取られるのではなく、変容しているのである。少年は現実を物語として生きている。

「森のなかへ」を通して、人間がいかに「物語のなかで」生き、そこから逃れられないということを痛感させられる。だからこそ、さまざまな物語に出会うことで、(人間だけではなく、動植物や自然などを含めた)他者への想像力と物語を紡ぐ創造力を育み、それが幸福への第一歩となるのではないだろうか。

著者のアンソニー・ブラウンは若かりし頃に父親を亡くしており、他の絵本でもたびたび家族を扱っている。父親を失った喪失感をさまざまな物語を通して受け入れ、乗り越えてきたのだろう。

この絵本は、ポストモダンの絵本らしく、解釈を読み手にゆだねるオープンエンドの作品となっている。ひとつの意味なり教訓なりのはっきりとした解釈に収斂されることなく、あいまいでさまざまなものを内包した複雑性があり、それゆえ、それぞれの読者がそれぞれの解釈が可能なのである。実際に私たちは、生きていく上で、現実をどう解釈するか(どの物語を採用するか)は自分自身にゆだねられている。

また、描かれている絵は、本筋を追う単線的な物語の描写ではなく、複線的で絵の細部には本筋とは直接的に関係のない描写も多く含まれている。それは、人生は単線的でなく、いろんな物語が複雑に絡み合っており、さまざまな方向に派生していくことと重なっている。また、人生を単線的に捉えると、そこからこぼれ落ちるものがあるということに通じる。

そして、絵本の細部を読み込む楽しみは、絵本の本来備えている遊戯性に根差している。また、繰り返し読むことで、さまざまな発見や気づきを与えてくれる。絵本の本質的な部分である遊戯生と再読生を捉えながら、物語としても豊かな広がりを持っている、多義的な作品である。そのため、読者の好奇心と創造力を刺激し、多くのインスピレーションを与えてくれるだろう。

人間は物語なしでは、生きられない。

物語が積み重なり、森となっていく。

そういう意味で、私たちは「森のなかへ」行き、現実を物語を通して受け入れていくのである。


ハアフーフ

ハアフーフはハヤト+アスカ+フーフ(夫婦)からなるユニット名。県内出身のハヤトによる「内からの視点」と県外出身のアスカによる「外からの視点」で新潟を探求・表現。「新潟の歴史や文化に根ざしたソウルストーリーを紡ぐ」を掲げ、その物語である『にゅう潟』を制作中。そこに登場する生物たちのグッズも販売している。

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